ブルッフ『ヴァイオリン協奏曲第1番』の演奏比較

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ブルッフ

85.ヴァイオリン協奏曲第1番

 ショパン、リスト、ブラームスといった高峰に囲まれて、つねにB級扱いされている作曲家だが、音楽そのものの面白さではけして劣らない。劣っているのはロマン派的個性。王よりも、神よりも偉大な存在たらんとしたワーグナー、恋愛の誇大妄想に悶えたベルリオーズ。身の丈を超えた自我の膨張こそがロマン派だとするとブルッフは小物ということになる。同じ精神的な小物であるブラームスは古典回帰で名を成した。ブルッフにはそのような売り物もない。しかし、この協奏曲に聴かれるように、若い情熱の甘酸っぱさ、胸に迫る熱い思い、そのようないわゆるロマンティックな気分を描かせればナンバー1といってもいいだろう。

ハイフェッツ/サージェント/ニューpoロンドン シュナイダーハン/ライトナー/バンベルクso チョンキョンファ/プレヴィン/ロンドンso チョンキョンファ/テーンシュテット/ロンドンpo アン・アキコ・マイヤーズ/シーマン/ロイヤルpo ミンツ/アバド/シカゴso ズッカーマン/メータ/ロンドンpo ケネディ/テイト/イギリスco 五嶋みどり/ヤンソンス/ベルリンpo

●ハイフェッツ。速く、荒い音。後の盛り上がりに備えて、速いパッセージをpで駆け上がり、その後にクレッシェンドをかける。息の長い曲想の捉え方。そして強靱なボウイング。その二つでスケール感をいやが上にも高めている。
●シュナイダーハン。一音一音をゆったり鳴らし切るタイプ。安定した精神で破綻がない。どれだけ興奮しても地に足が付いている。聴きやすい反面、物足りなさも。
●チョンキョンファ・旧。切迫した感情の盛り上がりと、緩徐部分のゆったりとぬるま湯につかるような快感を往復する。緩徐部分の快感の表現はプレヴィンが好サポート。
●チョンキョンファ・新。子育てから復帰した直後の幸せ太りした演奏。立派にすべてを鳴らし切る堂々とした演奏なのだけど、旧盤のイメージを追って聴いてしまうので、どうしても変にゆとりのある熱気に欠ける演奏に聴こえる。
●マイヤーズ。ソロ、バックとも、このなかでは一番ネームバリューで劣るけれど、一番充実した演奏かもしれない。マイヤースは美音でひたすらよく歌う。そのひた向きな熱気がこの曲想とぴったり合っている。シーマンもストレートなアプローチで淡々と演奏しながら、長丁場の盛り上がりなど、地力のあるところをみせている。
●ミンツ。ロマンティックなイメージを覆し、この曲がト短調という暗い響きを持っていたことを思い出させてくれる。とくに出だしのおののきは素晴らしい。ロマンスの意味を転換するだけのパワーのある発明。艶と情のあるミンツの音色もよく曲に合っている。
●ズッカーマン。明朗で伸びやかな歌をたっぷり歌う。ゆっくりとしたテンポでじわじわと盛り上げて行く。頂点でたっぷりテヌートをかけ、自ら興奮を楽しんでいるようだ。
●ケネディ。暗い入りがミンツと共通。悲愴感と甘い夢が共存する。この人特有のビート感とボウイングの甘さが時に不潔に聴こえることがある。好悪の分かれる演奏かもしれない。
●五嶋みどり。ねっとりとした憂いと、清々しい激情。その交代、うつろいを彼女らしい丹念、緻密、理詰めの表現で組み立てている。説得力はあるけれど、やや煩わしい。この煩わしさが消えた時、真の大家になるのだろう。

 評論家は好まないけれど、演奏家が好む曲。ヴァイオリンの歌う魅力満載の曲。古今のヴァイオリン協奏曲のなかでも、トップクラスの名曲ではないだろうか。