ショパン『練習曲Op.10』の演奏比較

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84.『練習曲集Op.10』

 ショパンの魅力がたっぷり詰まった曲集。指の技術をひけらかすための曲でありながら、それをはるかに越えた表現の欲求に満たされている。瞬間瞬間の張り詰めた空気、精神的ポテンシャルの高さは、ショパンの全作品のなかでも屈指。その高い緊張を、難技巧をクリアしながらいかに達成するか。昔も今も、ピアニストの大きな目標となっている。

コルトー フランソワ チアーニ ポリーニ アシュケナージ ブーニン フレイレ ペライア

●コルトー。恣意的なアプローチと決めつけられている。技術が古く、指が追い付いていないところがあったり、より尖鋭な表現になれたために古臭く感じる部分が散見される。しかし、意外に時間の伸び縮みの少ない客観的な演奏。なぜこれを恣意的と呼ぶのか理解に苦しむ。
●フランソワ。こちらが恣意の代表。アゴーギグが独特で、あちこちで見得を切りまくる。第9曲のガラス玉が弾けるような華麗さには目が覚める。
●チアーニ。ポリーニと同年代のもっとも期待された逸材。惜しくも30代で死んでしまった。彼の名を冠したコンクールが開催されているのをみても、周囲の期待がいかに大きかったかが分かる。
 一曲ごとにタッチを変える古いアプローチ。指の冴えはそれほどてもなく、一曲ごとに丁寧に彫啄を尽くした繊細な表現。録音が悪いことを考慮しても、ややスケールが小さいようだ。
●ポリーニ。エポッメーキングな演奏。ポリーニ自身の評価もこの演奏にしばられ、芸術家としてよりエポックとして語られるようになってしまった。機械のように正確な時間の進行、どんな細部も明確に聞こえる乱れのない運指、声部バランスの良さ、音を濁らせないペダリング。激しい情感に左右されない透徹した精神の強さ。そして何より、硬質プラスチックの透明感と強靱さ強い反撥係数を感じさせる音色の磨き抜かれた美しさ。どこにも湿った汚れや濁りが感じられない清々しさ。空前絶後の演奏と思われた。
●アシュケナージ。ポリーニと前後して録音された演奏。当時最高のショパン弾きと考えられていた若手の第一人者だった。ルービンシュタインの後を受ける地位にいて、豊満な音色、温和な音楽観も共通している。そういう意味でこの曲にたいする先入観そのままの演奏と言える。その理想的な再現を目指していたのだと思われる。歯切れの良さ、軽快さが見事。暖かく丸い響きのままの善良な音楽。
●ブーニン。彼はロシアンピアニズムの系譜を代表する血筋。明確なタッチで豪快に堂々たる演奏をする。ただ、音楽のイメージは常套的で新しいものは発見できない。
●フレイレ。録音活動に復帰した最近の演奏。前奏曲を弾くようなアプローチ。1曲ごとに緩急のコントラストを付けている。豪快に弾き飛ばし、個人的なフレージングのクセがあること、タメやルフトパウゼを多用して、音楽の意味を明らかにしようとしている。
●ペライア。近年の充実ぶりは目を見張るものがある。磨き抜かれたピアニズム。全曲均質の演奏だけど、その局面局面で、間を取る余裕があり、どこか寛いだ空気が流れている。そこで、自分の音を聴き、深く音楽を吸い込んで後、吐き出された腹からの音楽という温かで血の通ったイメージがある。

 まだまだショパンの名手はたくさんいるけれど、ホロヴィッツ、アルゲリッチ、コヴァセヴィッチのように全曲盤に積極的でない演奏家が多い。全曲でアプローチする場合、全体を通した均質さが求められるけれど、音楽の枠、すべての束縛からはみ出そうとするかのようなショパンの意思は1曲ごとのほうがはるかに完結する。これらのショパン弾きは全曲盤にその点を危惧しているのだろう。