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<<   作成日時 : 2006/07/24 23:13   >>

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ラハナー、フランツ・パウル
(1803〜1890)
(193)九重奏曲ヘ長調

2週間ぶりの再開です。今回からはドイツロマン派の傍流(筆者はこちらが本流だと思っていますがね)を紹介していきます。また懲りずにお付き合いのほどを。

 ワルツの狂躁にめげずドイツロマン派は着実に発展していった。そこには二つの大きな流れがある。ウェーバーやシュポアの時代にはほぼ一つだった流れが、ラハナーのあたりで分離し始める。ウェーバー、マルシュナー、ロルツィンンクと受け継がれたジングシュピールの流れはヴァーグナーという受け皿を得る。シュポアからラハナーへの器楽の流れはメンデルスゾーン、そしてブルッフへと受け継がれる。
 一見するとオペラ作家か、器楽作家かの違いのように見えるだろう。しかし、ヴァーグナー一派にはオペラを書かなかったリストを加えることができる。彼らの特長は自我の肥大、膨張にある。その音楽を聴いていると、世界は彼一人の世界であって、聴く側の人間なんか呑み込んで当然という壮大かつ尊大な響きがある。彼らは自己の世界を拡大するために、音楽の枠組みを自由に作り替え、和声も革新していった。ヴァーグナーは一代で三和音の世界から無調の世界にまで突き進んでいった。リストも晩年の小品では無調を試みている。
 この和声の革新、半音階の使用はエロティシズムの表現にふさわしく、ワルツの世界でも後期には多用されるようになっている。事情はラハナーらの器楽派でも同じことで、半音階の知識、快感の希求は行われている。ただ、違うのは彼らは様式重視派であって、すでに容認された様式の範囲で用いる節度を持ち合わせていたということだ。彼らは古典派の器楽様式を大事に使いこなしている。けっして同じ手続きだけを機械的に繰り返す形式主義者ではない。聴き手と理解の基盤を共通にすることのできる「様式」を積極的に利用しようとしたのだ。
 彼らはなにかを革新したという手柄を持たないために、進化思想にかぶれた音楽史からは無視されることが多い。今回からはドイツの有名無名を問わず19世紀生まれの5〜60人の有力な作曲家の中から、様式に乗っ取った表現に重きを置いた人を15人ばかり紹介することにする。
 さて、前置きばかり長くなったけれど、今回の主役ラハナーの紹介を簡単に。かれはミュンヘンの宮廷歌劇場の指揮者、音楽総監督を長く務めた人で、後に紹介するラインベルガーの師匠として知られる。ベートーヴェンやシューベルトの友人としても知られている。ライナーノーツなどで知ることができるのはこの程度のことで詳しく知らない。シューベルトの後継者と言われているようだけど、むしろシュポアに近い感じ。九重奏曲はシュポアの得意としたジャンルで、弟子のラインベルガーにも引き継がれている、という密かな系譜を窺うことができる。そして、九重奏曲というジャンルが濃密で可能性の宝庫のようなもので、聴いていて一瞬たりとも、飽きたり退屈したりという瞬間がない。ラハナーのほかの曲をもっと知りたいものだ。 以前にマルコポーロから交響曲を中心に何枚かリリースされていたのだけど、ついつい買いそびれて未聴のまま、残念。

アンサンブル・ウィーン=ベルリン「ラハナー/ラインベルガー九重奏曲」SONY SRCR9405

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