K.シュターミッツ

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シュターミッツ、カール
(1745~1801)
(171)オーボエ四重奏曲 変ホ長調Op.8-4

 シュターミッツは音楽家一族に生まれ、少年時代から才能をもてはやされた一人。父親ヨハンはマンハイムで楽長を務めいたし、弟アントンもヴァイオリニストでクロイツェルの師匠として知られている。このような一族は彼らにかぎったことでなく、また有名なバッハ一族、クープラン一族だけでなく、多くの音楽家が音楽職人として家業を継ぐ形で宮廷や教会に従事していた。同じマンハイムのカール・テオドール候の宮廷にはベンダ一族もいた。このような伝統は形を変えて19世紀までつづく。ウィンナワルツのシュトラウス一家、シュランメル一家、ファールバッハ一家などの名前が上げられるだろう。
 このような一族に大天才が現れると環境のせいにされるけれど、音楽職人の家計にかならず天才が生まれるわけでないから、この考えは退けられるべきだろう。日本で考えれば歌舞伎や能狂言の一族のようなもの。雅楽の世界でも多一族、東儀一族のように古く平安以前まで家系をたどれそうな一族がいる。連綿と受け継いできて、たえず環境が整っていても、各世代に天才が生まれるわげはない。やはり本人次第ということか。
 さて、カール・シュターミッツは12歳のときに父親ヨハンを失う。その後、楽長を引き継いだカンナビッヒに師事することになる。若くして実力を認められるけど、ボヘミア出身の一族の名の通り生来のボヘミアンの彼はマンハイムに満足せず、ヴェルサイユ、ストラスブール、ニュルンベルクなどの宮廷を転々とする。そのすべてで圧倒的な人気を得た。それは当時マンハイムがいかに先進的な音楽を生み出していたかを物語っている。わずか十数人が普通だったオーケストラを50人規模に拡大したために、クレッシェンド、デクレッシェンドの効果がはっきり表れるようになった。木管類も揃い、現代オーケストラのひな形が出来上がっていた。カールはマンハイムの先輩たちを見習って華やかで、演奏効果の高い作品を書いた。それが彼の人気のもと。
 ここで紹介するのは演奏のいい「オーボエ四重奏曲」だけど、カール・シュターミッツは室内楽の分野でも、楽器の組み合わせが多彩で、この作品の一つ前、Op.7では独奏楽器がフルート、クラリネット、オーボエと変わり、伴奏も弦三部だけではなく。ヴィオラの代わりにホルンが入るスタイルのものもある。こういうことができるのも、マンハイムが演奏家の宝庫だったからで、マンハイム楽派の蓄えてきた財産をほしいままにしているのがカールその人だと言えるだろう。
 彼の作品には翳りがなく、明るく楽しい。B面は暗さを怖れはしないけれど、暗さや悲しさを明るさの上に置いたりしない。明るく健康であることを無内容と切り捨てない。日本の音楽評論文化は浅薄にもそのようにして、多くのファンを逃がしてきたと思う。その意味でカール・シュターミッツはB面になくてはならない作曲家の一人。

スティル、ズッカーマンetc.「オーボエ四重奏曲」EMI EAC90045
ランパル、ピエルロ、ランスロetc.「フルート四重奏曲、etc.」ERATO RE1501