ヴァンハル

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ヴァンハル、ヨハン・バプティスト
(1739~1813)
(169)弦楽四重奏曲ヘ長調

 1739年という年はちょっとした当たり年。先のディッタースドルフにこのヴァンハル。そして、フランスにはサンジョルジュがいる。古典派のピークということもできそうだ。ウィーンではアルブレヒツベルガーあたりを嚆矢としてベートーヴェンを最後に急速にロマン派的傾向を強めるとすると、最初ののぼり勾配は緩やかだから、ちょうど39年生まれあたりが最盛期。もちろん活動時期は30から40年くらい足した年、70年~80年くらいがピーク。モーツァルトの晩年はすでに古典派美学からの離脱がはじまっている。
 ということでヴァンハルを古典派最盛期の代表的作曲家とすることにご異議ないことにかってに決めてしまった。ディッタースドルフとともに遊戯性の高い音楽を綿密な筆致で書くことのできた人だ。カルテットパーティーではチェロ担当。コントラバス協奏曲が代表作のようにも言われてしまうように、低音を扱わせると上手い。交響曲100曲、弦楽四重奏曲100曲というからかなりの多作家。売れっ子は当然それくらいの曲数をこなさないといけないだけの需要があった。これを推敲が足りない乱作だったと誤解する向きがあるけど、それは違っている。ベートーヴェン以降の個人の観念を押し付ける傲慢さ、芸術家という意識が共通認識になる以前の音楽のあり方に従っていたからなのだ。彼らが書きなぐったように言われる作品が、ベートーヴェンの作品30くらいまでの気楽な作品とかなり似ていることを知ってみるとそのような偏見は失せるだろう。
 何度も言うけれどもこの時代は「趣味」こそが絶対的な価値観であって、モーツァルトですら音が多すぎ、奇を衒い過ぎた不粋な音楽だったのだ。そんななかで、このヴァンハルやディッタースドルフはハイドンやモーツァルトに匹敵する構築力と趣味とを合わせ持った作曲家としてウィーンに君臨していた。 
 そのヴァンハルの代表的な弦楽四重奏曲。特長はメロディーの美しさだろう。緩徐楽章をゆったりと歌わせることに成功している。コントラバス協奏曲でもあの歌いそうにない鈍重な楽器に存分に歌わせているほどだ。急速楽章でも音の運びが機械的になってしまわない。ディッタースドルフが男性的で粗野な部分があるとすれば、ヴァンハルは女性的で艶冶な雰囲気に覆われている。女帝が統べた都の作曲家にふさわしいと言えるだろう。当時のイギリスの評論家チャールズ・バーニーがウィーンの街を讃えて「街じゅうが歌っている」と書いた。そのことを納得するためにはヴァンハルを聴けば足りるかもしれない。少なくとも一瞬この言葉を思い出すほどに歌に満ちた弦楽四重奏曲だ。

ウェラーQ「カルテットパーティー」LONDON GT9370
シュトライヒャー「コントラバス協奏曲」TELEFUNKEN K17C9286