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<<   作成日時 : 2005/09/02 09:51   >>

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シューマン、ロベルト
(1810-1856)
(参考曲)アダージョとアレグロ

 シューマンは若い時からまるで梅毒高揚期であるかのように、異常なほどの集中的な創作力を発揮した。それも極端に「ピアノの年」「歌曲の年」「交響曲の年」という風に、年ごとにまったく別人のごとき変貌ぶりを示している。
 これらの集中のなかで、普通、ピアノ曲と歌曲を代表作と捉えている。たしかに、「謝肉祭」などのピアノ曲の華々しい魅力、歌曲のしっとりとした魅力は自明のものだ。ところが交響曲はオーケストレーションが稚拙だとか難くせを付けられるることが多い。
 ところが実際に聴いてみれば、すぐにわかることだけど、メロディーメーカーとしての能力はむしろ交響曲や室内楽で発揮されている。たとえば、「ピアノ四重奏曲」では推薦したくなる第3楽章以外、少し力量が落ちるなどの欠点を孕んでいる。だから推薦はしないけけれど、彼を聴くなら楽章単位で聴く方法もある。
 基本的にシューマンの構想は一瞬一瞬の閃きであって線香花火のようにはかない音楽だ。そこに仕掛け花火のような構想を求めても意味がない。長所を認めずに短所を他と比較してみせるのは、評者が優位に立つための詭弁でしかない。むしろ無感覚、無感動を隠しているのだと思ってまちがいない。
 だから、彼の交響曲は交響曲であって交響曲でない。どのジャンルから抜粋してきても結果は同じ、一瞬の煌めき、輝き、眩めき、陶酔の高さ、深さを味わうのみだ。「交響曲第2番〜アダージョ」もセレナードのような陶酔と哀しみの一頁。交響曲的な構成意識に貢献することなく一瞬の時間の厚みに魅力がある。
 晩年に近付いて、精神が衰えるにしたがって、古典的な構成を気にかけるようになっている。「ヴァイオリンソナタ」がその典型で、しっかりした構成感をロマン派特有の和声で彩っている。ブラームスを聴くような落ち着いた愉しみとシューマン特有の華やぎも感じられてちょっと得したような気分の曲だ。
 そして、シューマンで忘れてならないのは、大曲主義ではお宝を聞き逃すということ。演奏機会の少ない小品に意外なほど名曲が多い。参考曲の『アダージョとアレグロ』以下がそれで、ホルン独奏、ヴィオラ独奏となると聴く機会が極端に少なくなる。人気が出ないから録音もされない。無名の曲だからだれも取り上げようとしない。この悪循環で忘れられてしまう。そういう小品が協奏作品、室内楽含めて10曲以上ある。なかなか集めにくいのが実情。僕も正直、全部を集めきれずにいる。この現状を打破するには、聴衆が積極的に求める以外にない。意志的な聞き方をしなければ。と書きながら反省の日々だ。「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュトゥック」「おとぎの絵本」など推薦曲以外にもいい曲がある。当たりの確率が高いので、ぜひ開拓したい分野。

ヨーヨー・マ「アダージョとアレグロ、幻想小曲集、民謡調の5つの小曲集、チェロ協奏曲」SONY30DC5074

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