サン=サーンス

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サン=サーンス、カミーユ
(1835-1921)
(1)ヴァイオリンソナタ第1番
(2)チェロソナタ第1番
(3)木管のためのソナタ3曲
(4)ピアノ協奏曲第2番
(5)初期オルガン曲

 B面クラシックの根幹をなすのはフランス音楽であり、その中興の粗であるサン=サーンス。いま、彼は子ども向けの「動物の謝肉祭」の作曲家としてずいぶん貶められた地位にいる。ほとんどの評論家が内容空疎などといって相手にしない。だけど、演奏家たちの反応は違っていて、かのグレン・グールドは「サン=サーンスには本当に感心してるんだ」と言ったようだし、チェロのスティーヴン・イッサーリスはサン=サーンス復活のための音楽祭を企画しているとジャケットに書いていた。
 あまり歴史のことは言いたくないけれど、フランス近代の音色美の追求は彼が23歳でマドレーヌ寺院の首席オルガニストに座った時からはじまる。セレストと呼ばれる共鳴効果をともなうロマンティックオルガンが主流となりはじめ、その茫洋とした明るい響きの探究者となったのがサン=サーンスだ。フランスのオルガンといえばセザール・フランクの名前を思い浮かべがちだが、フランクは彼より年長ではあったのだけど、オルガニストになったのも、オルガンのために作曲を始めたのも遅れている。大器晩成の人で重要な曲はサン=サーンスがフランスの第一人者として認められたずっとあとになって作曲している。フランクを師と仰ぐヴァンサン・ダンディの画策のために歴史はゆがめられて伝えられている。
 フランスの器楽音楽の充実に力があったのも、国民音楽協会を設立して若手作曲家に活動の場を与え、意識改革を図った彼の功績だ。この論調はA面の歴史主義の考え方を引きずっていてあまりすきではない。彼の作品そのものを聴いてみよう。
 近代の作曲家としては異例な多作家だ。細かく数えれば300曲を超えるだろう。そのほとんどがまとまりよく完成していて駄作が少ない。評論家に言わせると、すべて同じ手法で書かれていて内容がなく二番煎じの出し殻ばかりということになるらしい。だけど、その1曲ごとに魅力的なメロディーがあり、特徴的なリズムがあるとすればどうだろう。サン=サーンスがすべての作品でサン=サーンスらしいということは誇るべきことだろう。特有のタッチがあるというのは大家の証明のはず。モーツァルトもベートーヴェンもすべての作品に自分の作品であることを明かす特徴が濃厚だ。サン=サーンスは彼ら以上に時代から突出して特徴的なサインを作品に残しつづけたように思う。その喜ばしい足跡をみていこう。

 まず、彼は創作に燗してはオポチュニストだったということが、聴衆にとってありがたい。聴いていて重苦しくなることがない。自分一人の悩みを世界の普遍的な大問題のように押し付けてくる厚かましさを欠片も持ち合わせていない。国民音楽協会設立の時以来のスローガンが「エレガンス」と「クラルテ(明解さ)」。クラルテを明晰と訳して哲学的な意味に解そうとする人もいるけれど、これは一回聴けば理解できる分かりやすさの意味だ。
 そう、サン=サーンスの生み出した音楽はどれも分かりやすい。カタログの筆頭に置きたい『ヴァイオリンソナタ第1番』は、ほかに類例を見ないほど、ポジティヴな意思に貫かれた名作。芸術家になる人間はえてして、心に傷をもっていて、明るくなりきれない性格が多い。サン=サーンスも例外ではなかったけれど、彼はその暗さを作品にはけっして持ち込まない矜持の強い、一回りスケールの大きな精神構造を持っていたといえるだろう。だいたい、暗いことがらを重要そうに表現することは誰にでもできること。地獄絵の傑作は多いけれど、天国、極楽を書いて人を納得させることは難しい。
 この曲は2楽章形式で、それぞれ前半後半の2部からなっている。その第2楽章の後半の常動曲スタイルの曲ほど、希望に満ちた明日を信じさせてくれる曲はない。高みに向かってどこまでも果てなく上り詰めていく音楽の快感をサン=サーンスほど理解した作曲家はいないだろう。第1楽章が少し暗めで徐々に活気を帯びていく構成も分かりやすい。第2楽章の前半の人形の踊りのような部分は単独で取り出してもキャラクターピースとしてアンコールなどにピッタリだろう。
 『チェロソナタ第1番』はうってかわって、不機嫌な雰囲気が充満しているけれど、チェロの音の強さの魅力を最大限に発揮している。これは地味で逞しい音色の持ち主、アンドレ・ナヴァラのような人でないとなかなか成功しない。不機嫌なんだけど、不思議に聴き終わって爽快感に覆われる。
 クラリネット、オーボエ、バスーンのための3曲の『管楽器のためのソナタ』はいずれも死の年、86歳のサン=サーンスが書いた曲。とても枯れた年寄りの作品とは思えない。どこかから脂粉の香りがただよってくるような乙な音楽だ。
 サン=サーンスがロマンティックオルガンによって見い出した音色の美は同時に、音による色香の追求だったように思う。フランス近代の音楽が他国に別して魅力があるのは、この色香があるから。粋な音楽が書けなければフランス人じゃないと言い切りたい。
 その色香が一番匂ってくる作品としては『クラリネットソナタ』のほかに『ピアノ協奏曲第2番』。シャンソンを聴いているような軽快さとパリジャン魂の粋さが充溢した音楽。演奏にもよるけれど、セシル・リカードのようなセンスの光る演奏ではピアノががなりたてることなく、音との戯れに終止する。サン=サーンスは古典的形式の安心感を重視した作曲家だけど、その形式に意味があると考えると間違える。その枠はあくまで、聴衆に不必要な緊張を強いないための、馴染みのある形式と和声を借りているだけだ。勝負はその先、どのような感情と音色美を発見して伝えるかにある。このように見方を変えた時、A面の劣等生は、突如、大作曲家に変身する。むだな繰り替えしといわれた300曲が宝の山に。
 この金鉱を彫り尽くすのは大変な荒技だ。さいわい、室内楽、協奏曲、器楽曲にかぎれば、100曲程度。サン=サーンスの美の原点であるオルガン曲は初期から晩年まで充実しているから聴いておきたいところだけど、ピアノ曲はある程度数を絞るべきかもしれない。家庭での練習用にすこし手加減したような痕跡が見受けられる。室内楽、器楽曲は初期の数曲をのぞいて、必聴といってもいいほど。
 A面の守備範囲なので今回、推薦しないけれど『レクイエム』『交響曲第3番オルガン付き』もサン=サーンスの特徴のよくでた名作。B面的な愉しみからも十分推薦できる内容がある。『白鳥』の素晴らしさは声を大にしたいけれど、あまりに有名だからその必要もないだろう。『動物の謝肉祭』のパロディー精神は音楽界では珍しいので大推薦なのだけど。『序奏とロンド・カプリチオーソ』は当時二十歳くらいだったサラサーテのために書いた、自らの転機となった名作だけど、これもあまりになじみがあり過ぎるし、観光絵はがき的に、感激の同意を求め過ぎる。
 最後に推薦する曲を何にしよう。
 これは難しい課題だ。サン=サーンスのすべてを伝えきれたのかという悔いを残しやすい場面だから。そして、候補はまだまだたくさん残っている。ヴァイオリン協奏曲とチェロ協奏曲は手付かずだし、弦楽四重奏曲、ピアノ三重奏曲も2曲ずつある。どれも惜しい気がするけれど、あえて、初期のオルガン曲を選びたい。彼が20代にマドレーヌ寺院のロマンティックオルガンの能力を開発した軌跡が見られるだけでなく、若い時からいかに溢れ出るようにメロディーが湧き出ていたか、いかにアイデアが豊かで分かりやすい音楽を書いていたかに驚くだろう。そして可愛いといってもいいほどの音色に魅了されるのはまちがいない。曲目をあえて限定すると『聖体拝領Op13』『信仰告白Op9』『3つのラプソディ』など。紹介されることが稀なのが本当にもったいない音楽。無神論者だっただけにまるで宗教臭くないところも推薦に値すると思っている。

ズッカーマン/ナイクルグ「ヴァイオリンソナタ第1番」PHILIPS415159-2
ナヴァラ/ダルコ「チェロソナタ第1番・第2番」CALIOPE VDC1259
ブルグ/アラール/ギャベ他「管楽器のためのソナタ集」CALIOPE VIC2085
リカド/プレヴィン/ロンドンpo「ピアノ協奏曲第2番」CBS MK39153
SJブライヒャー「オルガン曲全集」ARTENOVA94321 35088-2
チョンミュンフン/バスティーユOo「交響曲第3番」Grammophon435 854-2
Jメルシェ/イルドフランスNo「レクイエム」BMG48215 40302-3