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zoom RSS コヴァセヴィッチ楽派宣言55 ベートーヴェン/ピアノソナタ作品2

<<   作成日時 : 2010/11/05 23:17   >>

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No.52『ベートーヴェン/ピアノソナタOp.2』
    ピアノソナタ第1番Op.2-1ヘ短調
    ピアノソナタ第2番Op.2-2イ長調
    ピアノソナタ第3番Op.2-3ハ長調
    EMI TOCE55643 02年6月 03年1月録音

 ついに最後の1枚。全集の最初の録音が91年11月、そして最後が03年1月。じつに11年と2ヵ月を要している。コヴァセヴィッチの演奏スタイルもわずかとはいえ変わってしまっている。常識的な全集とはまったく異なるアプローチだった。1枚1枚がリサイタル形式。彼本来の音楽の個性である“音楽の流れ”を最大限に意識した全集だった。
 誰が今まで、これほど苦しいアプローチを実施しただろうか。録音の便、本人の集中力の持続の問題から、一時期に集中的に、同じ視点からの安定したベートーヴェン観で切られているのが普通だ。せいぜい初期、中期、後期のスタイルを分けるという程度。1曲1曲にこれほど注力することは無理な相談なのだ。
 結果として、一般的な全集で聴ける音楽は、一定の視点で切られ解剖され、展翅された飛ばない蝶々でしかない。このような方法は、大枠を固めて、そのなかに無理やり中身を詰め込むやり方で、すべて恰好がついてしまう、演奏家の手抜きにすぎない。
 逆にコヴァセヴィッチの方法は細部を活かすことからはじまる。細部を最大限イキイキと活動させて、ピチピチ跳ねているのを重ね合していくのだから、すべてのピースがぴたりと納まるほうが無理というもの。このアプローチは長い経験、手塩にかけて磨き抜いてようやく完成する。完成したと思ったら、また違う方法が良さそうに思えてくる。コヴァセヴィッチのレパートリーが狭く、再録ばかりしているのは音楽に誠実であればこそ。彼はこれ以外の方法を求められたらただちにキャンセルするだろう。一つのレーベルに10年ほどしか止まれないのも商業主義との軋轢の限界がそのあたりにあるといことだろう。

 さて、最後の1枚。ついに偉業を達成した喜びが曲のすみずみに溢れている。この喜びは最初のソナタ集という瑞々しさにじつにふさわしいものとなった。

【ピアノソナタ第1番】
 第1楽章、可愛らしさと勢いを天秤にかけて、勢いのほうを採っている。
 第2楽章、しっとりとしたメロディー。きらびやかなスケール。メロディーを慈しみ、装飾を心から楽しんでいる。
 第3楽章、メヌエット。気品のある可愛らしさ。
 終楽章、たぎる思い。焦るような切迫した音楽。

【ピアノソナタ第2番】
 第1楽章、スタッカートが軽やかに切れ、歯切れのいい音楽になっている。転調した時の温かさが心地いい。
 第2楽章、深く押し込む音と憂いを含んだ音が対比され、深みを感じさせる。
 第3楽章、スケルッツォ。同じ曲集のなかでどんどんベートーヴェンらしさを増していっている。ただし可愛く、か弱く楽しいいスケルッツォ。
 終楽章、小気味よく流れる音楽。テーマの3連音、変奏、装飾がどんどん拡大されていく。流れをせき止める部分が構造的に面白味を出してる。

【ピアノソナタ第3番】
 第1楽章、勢いのある音楽だけど、表現意欲の高まりでかなり特徴的な表情を持つようになっている。可憐な第2テーマとの対比も楽しい。終りたくても、即興のつづきがいくらでもあって終われない、という“運命”のフィナーレ的な悪癖もはじまっている。
 第2楽章、静かで寂しさのあるメロディー。まだ瞑想への憧れのレベル。その憧れを敢然と断ち切るようなffの力強さも頼もしい。
 第3楽章、ゆるい駆けっこのようなテーマ。スタッカートが利いている。しっかりとffの力強さ堅固さが出てきている。
 終楽章、物語のフィナーレっぽくなっている。いよいよベートーヴェンの音楽によるドラマが展開されていく。

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