B面クラシック 40年代生まれのピアニスト

アクセスカウンタ

help RSS コヴァセヴィッチ楽派宣言15 ミクロコスモス

<<   作成日時 : 2010/01/23 14:59   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像
No.10『バルトーク/ミクロコスモス第6巻etc.』
   ミクロコスモス第6巻(第140〜153番)Sz.107
   戸外にてSz.81
   ソナチネSz.55
   PHILIPS 6500 013  69年/9月録音

【ミクロコスモス】
 協奏曲に引き続きのバルトーク。前回、リズム感の良さ、音色の多彩さを見せつけたのだったが、今回はソロということで、静寂を利用した繊細微妙な世界の表現に深く分けいっているようだ。
 子どものための練習曲のイメージのある『ミクロコスモス』だが、最終の第6巻は、コンサート向けの充実した内容が盛り込まれている。不安の時代の緊張感と戦き、そして夜の時間の闇の空間の官能性がそこかしこに仕掛けられている。
 基本となるのはコヴァセヴィッチのボンッと跳ね返ってくるような独得のタッチ。この力強さと前進力のあるリズム感が、不安を前に立ち枯れしてしまう脆弱な精神とは一線を画すように仕向けている。
 “健康で生命力あふれる”と健康優良児のような評言を与えると、鈍感で精神の織り目の雑な粗い人間で、芸術家たるもの、少々異常なくらいがちょうど良くて、健康では特殊な繊細さを理解できないと言われてしまいそうだ。
 しかし、そうではない。健康のベースがあって、異常までの距離が測れることで音楽の奥行きがどれだけ深くなっているか。リズムのキレの良さと、タッチの変化によって生じる緊張の高さはそれこそ、空前の高度を示していると言えるだろう。というのは、同年生まれの、暗さにかけては右に出るものなしだったエッシェンバッハが同時期にやはりバルトークを録音していて、それが、童話的な温和さや古典的な格式から一歩も出ていないことから良く分かるのだ。ミクロコスモスの最後ブルガリア舞曲第6番のエンディング、3連符、5連符でスタッカートのffで突然断ち切られるのだけど、エッシェンバッハがどこか終りましたと告げたい誘惑に負けてマルカート、リタルダンドをわずかに掛けてしまっているのに比べて、コヴァセヴィッチはどちらかといえばむしろアッチェレランド気味で、本当に崖っぷちで断ち切ってしまう。
 この精神の強さ、音楽の読みの鋭さというものは群を抜いてる。7年ほど後に出たベロフの演奏にしても、機械的なリズム感、そのキレの良さで人々を圧倒したはずのメシアンコンクールの覇者も、コヴァセヴィッチの力強いタッチの前に顔色を失ってしまう。力強いfffや微妙な音色を要求されると、たちまちキレを失ってしまうものなのだ。コヴァセヴィッチは一度もヴィルトゥオーゾとして喧伝されたことがないのだが、音の強度やタッチの変化を含んで自在の表現ができるとう意味で、現代最高のテクニシャンに違いない。岡田暁生の言によれば、ヴィルトゥオーゾとはどうだ凄いだろう、という見得の切り方、騙し方、酔わせ方の上手さを含んだ名人芸のことなのだそうだ。とすると、コヴァセヴィッチはむしろマイナス方向に騙してしまっているのでヴィルトゥオーゾ失格だ。彼の音楽の立ち姿があまりに美しくて、平然としてみせているので、凄いテクニックが使われていることにすら気が付きにくい。精神的にも、緊張、繊細、思考、などに一辺当にならないので、これまた、その深さ、高さというものが見えて来づらい。理解するためには、演奏者と同じ精神的な集中の持続によって同じように音楽を旅しないといけないのだ。

【戸外にて】
 なかに“夜の音楽”という章があるように、より官能性が高く、屋外に出て野生の息吹を胸いっぱいに吸った強さと、どこに何が潜んでいるか知れたものではない未知の世界の恐怖を含んだ世界が描かれていると言っていいだろう。
 ここでもコヴァセヴィッチは圧倒的な表現力の幅をいっぱいに使って、小さな異界へのトリップを楽しんでいる。彼の演奏を聴いていると、どこにも馴れた表現というものがなくて、つねに音に新鮮に向き合っている感じがする。聴く側に集中力を求めもするけれど、一つひとつの音に出会う喜びを約束してくれてもいる。突如視界が開けたり、どこからか風が吹いたり、香りが漂っていたり、どの部分にも生き生きとした表情があり、出会いの喜びに満ちている。テンポ感、あるいはフレーズの造形感覚が鋭くて、すべてが自然にあるがままに聴こえてしまう。彼にはなんの作為も無かったかのように。ヴィルトゥオーゾとはまったく逆方向の騙しのテクニック。日本の評論家は騙されたままで、彼を評価できないまま。ちょっとつらい技となってしまっている。

【ソナチネ】
 最後に『ソナチネ』を持ってくるところもコヴァセヴィッチらしい。ここでも、クールダウン戦略。この曲はバルトークとしては古典的、ロマン派的な精神の範疇でまとめた曲で、今までの緊張がほぐれ、分かりやすい世界に安住できる。コヴァセヴィッチは異界から通常世界に連れ戻して、リハビリして返してくれる親切な優しさに溢れた人格だと思われる。
 おそらく曲順を入れ替え、後ろから順番に入れていれば、馴染みやすく導入し、圧倒的な切れ味で鋭い印象を残して終われただろう。レコードの評価は跳ね上がったと思われる。しかし、それをしないところが彼の個性であり、コンクールを避けてデビューした経緯にもその影響があるのではないかと想像を逞しくしている。

テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

コヴァセヴィッチ楽派宣言15 ミクロコスモス B面クラシック 40年代生まれのピアニスト/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]